幼少より病弱で育った鶴島丈夫は、食生活を見直し、体質を改善した後、鍼灸、
指圧を学び治療師の道にすすみます。しかし、治療師としての自分の限界を知り、
39歳(昭和29年)よりコッコー(玄米炒粉)、ヤンノー(小豆炒粉)、玄米かりんとう、などを作りはじめたのが鶴島食品のスタートです。
鶴島丈夫の妻であり、同じく創業者の故・鶴島ツユ子。
二人は生活も仕事もどこに行くにもいつも一緒で、鶴島丈夫は、妻のツユ子のことを、
「格好無二のコンビで、私の力をフルに発揮させてくれる、今日の私があるのは妻のお陰。」と日記に書き残しております。